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北村薫『ひとがた流し』

ひとがた流し

ひとがた流し

物語の語り出し、読者に状況を説明するのはひとつめの難所だと思うのですが、北村薫宮部みゆきはこれがとても巧いと毎度のことながら思います。ある程度状況を明かしつつ物語への興味をかきたてる宮部みゆきに対し、北村薫はまったく分からない場に放り込んで、そこから糸を手繰るように景色が見えてくる、という感じ。たとえばデビュー作の『空飛ぶ馬』は「眠い――といえば高校生の頃は、朝起こされる時本当に眠かった。」と始まります。派手なパフォーマンスなしに読者をひきつける手腕が凄いと思います。
物語の展開も、決して派手とは言えない。別の人が語れば数行で通りすぎるかもしれないささやかな物事を、丁寧に見つめる眼と、細やかに描く筆があるから、他にはない、いとおしい物語になるのだと思います。
もうひとつ、北村薫の凄さは、豊かな想像力だと私は思っています。北村薫といえばやさしい、人によっては甘いという評価が大方のようですが、恐ろしいこと、残酷なことを考えさせたら、この人に敵う人はそうそういないのではないかと思うのです。
北村薫の物語は、しばしば<運命の悪意>と隣合わせにあります。そして北村薫は、まっとうに生きることが免罪符になるとは考えない。それでも彼らが歩みつづけるのは、見返りがあるからではなく、それを止めれば自分は自分でなくなるからなのです。そこまで考えてしまう北村薫が私は凄いと思う。なんで生きていられるのかなあとさえ思います。

……ぜんぜん『ひとがた流し』の感想になってないんですが。興を削がないようにこのよさを伝えるって、むずかしいです。
帯の惹句がこの物語をよく表していると思うので、ここに引きます。

――かけがえのない友よ。
そして、いとおしい時間たちよ。


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