ミドリコ雑記帖

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米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』

小市民シリーズの最新刊。本編はこれで終了とのことです。

春期限定いちごタルト事件』が初めて買った米澤穂信の本で(それまでは図書館で借りていました)、ほぼリアルタイムで読んできたシリーズなので、本編がおしまいというのはとても惜しい気がしてしまい、「読まなければずっと終わらないのでは?」と、買って数日は開くことができずにそのまま置いていました(が、ツイッターで感想らしきものを見かけてしまい、「1ミリたりともネタバレされるのはいやだ!その前に読む!」となって、その勢いで取り掛かることができました)。

以下、ただのミーハーな感想ですが、本編の内容に触れるので畳みます。(スマホからだと畳んでも反映されないのかな……?)




私はこれまでの小市民シリーズの、軽い語り口とかちょっとユーモラスな空気感があるところとか、軽い足取りのまま謎の真相に踏み込んでシビアな現実を突きつけてきたりするところが好きだったんですが、今回はそういう軽さじゃなくて、地面にていねいに足裏をつけて一歩一歩歩いているみたいな感じがしました。冬の話だからなのか、小鳩くんにとって初めから軽い物語じゃなかったからなのか、米澤穂信の文章が変わったからなのかは、私には分かりません。
あと、小鳩くんと小佐内さんが人間っぽくなったなと思いました。米澤穂信が年を重ねたからなのか、最初からここにたどりつくはずだったのかも、私には分かりません。自分は読み手として未熟だなとは思います……。

私は恋愛小説として『夏期限定トロピカルパフェ事件』と『秋期限定栗きんとん事件』がすごく好きで、特に『秋期限定』の下巻は読んでいてめちゃくちゃ興奮しました。小鳩くんと小佐内さんの間にあるものは恋愛ではない(なかった)ので、恋愛小説と呼ぶのは適切じゃないのかもしれませんが、私が恋愛小説に求めるものは小鳩くんと小佐内さんの間にあるようなものなので……。

昔書いた『秋期限定』の感想を読み返してみたら、「ここまできちゃったら冬期限定では何やるんだろう」って書いてたんですけど、冬期限定を読んでみての感想は「付き合ってた推しカプが結婚した」でした。いや、結婚はしてないですけど、でも結婚したようなものだと思う。

物語の最後の最後で、小佐内さんに「……治ったら行きたいところ、ある?」と訊かれて、小鳩くんが小佐内さんと行ったスイーツの店を挙げます。小鳩くんはひとりで行くのだろうと思っていて、言外に意味を含ませている様子もないけれど、だからこそうわっとなる!小鳩くん、小佐内さんのいない街で、小佐内さんと行った場所に行くんだ! 小鳩くんは自分言ってることの意味に気づいてない気がするけど、推理以外のことでは基本的に受身な小鳩くんが、動けるようになったらふたりの思い出の場所を訪ねたいなって、自分からそういうこと言うんだ!!

「小鳩くん。三年間でいちばん、これはずっと忘れないだろうと思う瞬間って、なあに?」
「わたしはね、いまだと思う」

小鳩くんのその言葉を受けての小佐内さんの科白です。小鳩くんとは目を合わさずに、窓の外を見ながら。いや、そうなりますよね。だって、小鳩くんが、一緒にいて楽しかったよ、みたいなことを自分から言うの、初めてなんじゃないかと思うし!泣いちゃうよこんなの。

そして小佐内さんが、この街にいる間だけじゃなく、この先も一緒にいよう、と言うわけです。小佐内さんらしい言い方で。

「小鳩くんはさっき、わたしをとんでもない陰謀家みたいに言ったでしょう。わたし、心が傷ついたの」
「それに、なかなか意識が戻らなくて、わたしをとっても不安にさせた。だからその報いがいると思う。来年小鳩くんが来るまでの間に、京都に迷路を作ってあげる」
「おいしいお店も探しておく。だからきっと、わたしを捜してね。そうしたら……最後の一粒をあげるから」

小鳩くんと小佐内さんにとって、「物理的に近い距離にいる間は一緒にいようね」とは言えても、「この街を出ても一緒にいたい」と切り出すことはたぶんとてもむずかしいことで、でもそこにたどりついたんだ……ハッピーエンドやん……狐さんと狼さんは末長く幸せに暮らしましたやん……と私はなりました。

ハッピーエンドでよかったねと思いつつ、私は『秋期限定』下巻が(恋愛小説として)本当に好きなので、あの興奮を越えるようなストーリーでなかったことをちょっと残念にも思っているのですが、付き合い始めの浮かれたテンションを「末長く幸せに暮らしました」が上回ることってあんまりないからまあ仕方ないか……小鳩くんと小佐内さんがずっと一緒にいてくれそうなのは嬉しいです。ちなみに小佐内さんと小鳩くんの三年間で、私がいちばんこれはずっと忘れないだろうと思う瞬間は、小佐内さんが燃えさかる小屋の壁ををハンマーで打ちこわしているシーンです。大好き。