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恩田陸『木曜組曲』

木曜組曲 (徳間文庫)

木曜組曲 (徳間文庫)

『つかさは幼い頃から自分が観察者であることを自認していた。言いたいことははっきり言うものの、それほど他人との間に摩擦を起こさないのは、つかさの観察が自分自身にも他人と平等に向かっていることが周囲に伝わるからだということに気付いていた。小説を読んで、尚美が同じく観察者であることにつかさは驚いた。それも、相当鋭くリアルな観察眼を持っていた。が、つかさと違っているのは、彼女は他者と自分を常に対峙させて観察していたことである。つかさの場合、『彼女は林檎が好きで、あたしは葡萄が好きだ』だが、尚美の場合は『彼女は林檎が好きだけど、あたしは林檎じゃなくて葡萄が好きだ』なのだ。』(恩田陸木曜組曲』)


友達と話しているときに、人間に興味があるかどうか、という話になって(というか私が振って)、そのときに思いだしたのがこの一節です。
私と友達が観察者であるかどうかは置いといて、どちらかというと私は尚美の、友達はつかさのタイプに近いと思う。
私なら、『あたしは葡萄が好きなのに、彼女はあたしの好きな葡萄じゃなくて林檎のほうが好きだ』になるような気がする。ううむ鬱陶しい。
そして友達は『彼女は林檎が好きだ』で終わるのではないだろうか。別の時に『自分は葡萄が好きだ』と考えることはあるかもしれないけど、彼女を観察しているときの視線は、小説に例えるなら完全な三人称で、自分の思惑がほとんど絡まないように思える。


友達と別れた後、このくだり読みたさに『木曜組曲』を買ってしまいました。ハードカバーで実家に持ってるんだけど、すぐ読みたかったので。というかハードカバーで持ってる本を文庫で買い直すのは良くあることです。文庫のほうが片手で読みやすいからどうしてもそうなる。


この話、ストーリーが好みじゃないと思っていて何年も読んでいなかったのだけど、そしてやっぱりストーリー自体はそんなに好きじゃないんだけど、実は私の好きな恩田陸らしさに満ちあふれていることに気づきました。好きなところはつまり、<登場人物が他人の性質を分析している>ところ。っていうかそれ私の趣味じゃん。
そして<女同士が集まって飲み食いしながらああだこうだと夜通し話している>という状況。これって最高の娯楽ですよね。しかもこの人たち、二泊三日でそれやってんの。すんごいうらやましい。昼間は好き勝手に本読んだりして、夜はご飯食べながら告発大会なの。なんて楽しそう。別に槍玉に挙がりたいわけじゃないけど、ディープに話し込めるテーマがあったほうが楽しいに決まってるじゃないですか。


恩田陸には他にもこういう、夜更けまで話し込んでる人たちの話があるけど、この話が特別贅沢でいいなあと思えるのは、ここに集まる五人が女だからじゃないかと思う。男っぽさをどこかに備えた、でもやっぱり女、っていうところがいい。これに男が混じると、説明できないけど贅沢感が失われる気がするし、完全に女である女だとこういう風にはぶつかりあわない。よく考えると絶妙のバランスだなあ。すごいなあ。


ところで本って、初めて読んだときにいた場所や聞いていた音楽とセットで記憶されてたりしませんか。この本、ハードカバーは北大路の大垣書店で買ったので、表紙を思いだすと大垣の一階の単行本コーナーが脳裏に浮かびます。つかさの『茄子とトマトのパスタ』の話のところになると、地下鉄にのって京都駅あたりを通過しているような気になります。話の舞台は木造二階建ての素敵な洋館なのに。変なの。