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佐藤さとる『海の志願兵』

海の志願兵 佐藤完一の伝記

海の志願兵 佐藤完一の伝記

佐藤さとるの新刊! 児童書ではなく、佐藤さとるの父、完一の伝記です(あとがきによると『八十パーセントくらいは事実だが、残りの二十パーセントほどは作ってある』そうですが)。

佐藤完一は岐阜に生まれ屯田兵の村で育ち、十七歳で海軍に志願し、ついには士官になって、ミッドウェーで戦死した人。版元である偕成社のサイトで、佐藤さとるが「張り合うつもりもないが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が<明治の海軍>を書いているとするなら、こちらは<大正の海軍>を書いた。それも、士官の俯瞰する視点ではなく、17歳で志願兵となった主人公が下から見上げた海軍だ。」と語っていて、このところ近現代日本史をなんとか理解しようとしている私に、佐藤さとる(ファン歴30年!)の語る大正の海軍とはうってつけではないか!と、嬉々として購入しました。児童書じゃないし、文芸書のような気もするけど、どこに置いてあるんだろう……と思ったら、私の行った本屋では戦記物のところにありました。
(ところでこの偕成社のサイトで書かれている、<父との別れの場面>はすごく印象的で、興味のある人にはぜひ一読をお勧めしたいです。>話題の新刊 Vol.151 佐藤さとるさん「海の志願兵 佐藤完一の伝記」 これ、前にどこかで読んだ気がするけど、思い出せないな)(追記:『だれも知らない小さな話』所収の「<父を語る>挙手の礼」でした。偕成社のサイトのほうが短いけどかっこいいな)


『机の上の仙人』『天狗童子』などと同じような文体で、とても読みやすい。エンジンの説明とか、短い文章で難しい言葉も使わず、簡潔なのに実にわかり良い。どうやったらこんな文章が書けるんだろうと、思わず考え込んだほどです。そして、なにげない文章の端々に、若き日のせいたかさんや風の子やちびのカオルほか、いままで出会ってきたたくさんの登場人物が見え隠れするようで、よく知っていた場所を訪ねるような気持ちになりました。途中で逸見に移り住むところなんて、まさに『わんぱく天国』の舞台だ! 家主は、裏にいずみの湧き出る洗濯場がある、鈴木義っちゃんの家だ! ……同じ人が書いてるんだから何の不思議もないのですが、すごく興奮しました。
一方で、<ミッドウェーで戦死した>というのが頭にあるせいで、当然その辺りまで描かれるのだろうと思っていたのですが、話は完一が三十三歳、准士官になったところで終わってます。それ以降の話は<下から見た海軍>から離れるから……、ということだったのですが、ミッドウェー海戦辺りのことがいまだに理解できていない私としては、佐藤さとるの文章で、完一の目を通した太平洋戦争をぜひ読みたかったと残念に思う次第。
<下から見た海軍>の話なのは間違いないけど、<佐藤完一の伝記>でもあるので、海軍兵の実態!みたいな話ではなく、海軍に属したひとりの青年を描いた話なんですよね。いや、<下から見た海軍>という言葉と『坂の上の雲』との対比に、なんとなく、ああいう大掛かりな話をちょっと期待したところがあったので(もしそうだったら、一冊では終わらないよねー)。


でも、天狗に興味を持った頃に『天狗童子』が出ていて、近現代日本史、海軍について読みあさってるときに『海の志願兵』が出るとは、私と佐藤さとるの間には運命的な何かが……?って、ちょっと調子に乗りたくなっても許されるかと。だってジャンルが違いすぎるじゃないですかー! あ、でも、私の興味の方向性って、幼い頃に読んだ一連の佐藤さとる作品に少なからぬ影響を受けているので、そんなに不思議なことでもないのかも。何にせよ、いまもお元気で作品を発表されていることは嬉しいかぎりです。