- 作者: 阿川弘之,阿川佐和子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2000/06/07
- メディア: 文庫
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何度となく見合ひをかさね、断られたり断つたりの繰返しだが、ときどき「お断りする理由」として、娘が「面白味の無い人だつた」を挙げた。「それは少々心得違ひだぞ」と、私は説諭した。「遠藤周作とか吉行淳之介とか北杜夫、うちへ遊びに来る父さんの友達連中を見てて、その基準でお見合ひ相手が面白いとか面白くないとか言はれても困る。あいつらは常人ぢやないんだ。世間の規範に従はぬ、さういふ職業の人がいやで、平凡堅実な勤め人と結婚しようと思つてゐるのなら、あいつら流のへんてこな面白さを相手に求めても、無理だし気の毒だよ」
比べる相手がすごすぎる……。
結婚するとなると披露宴はどんな感じになるんだろう、とか考えるお父様。ホテルで披露宴でお色直しが二度、とかいうのはごめんだけど相手によってはそうならざるを得ないかもしれない、という空想の後。
そこで、「父親のお色直し」といふのを考えついた。花嫁がお色直しにお立ちになると同時に、花嫁のお父上がお色直しにお立ちになる。楽隊に軍艦マーチを演奏させて、海軍中将の第一種軍装で、聯合艦隊司令長官のつもりで場内練り歩いてやらう。できれば「御父上のご友人一同」にもお色直しをしてもらひたい。
此の話、皆が乗つてくれた。「佐和子の結婚式、俺出るよ」「俺も出る。是非招んでくれ」。遠藤周作はカルメンの闘牛士に扮するさうだ。北杜夫はごひいき阪神タイガースのユニフォームを着ると言ふ。宮脇俊三は国鉄の専務車掌に化けるらしい。
「お前、何になつてくれる」
私の問ひに、吉行淳之介が答へた。
「さうねえ。もし出てやるとしたら、やつぱり吉原の妓夫太郎かな。提灯持つて佐和子にぴつたり寄り添つて、『いい子でしよ。旦那、買つてやつて下さいよ。初見世です。けふが初見世』」
本文は、往復書簡の体裁をとって、同一テーマについて娘と父が交互にエッセイを綴っているのですが、親子それぞれの味わいが楽しくてよろしかったです。どっちか片方だけだと、私の読解能力だと辟易しそうでもあるしな。
思わず声をあげて笑ってしまったのはこのくだり。
あるとき、何のきっかけだったかは忘れましたが、友達と話していて、不愉快きわまりない」という言葉を口にしたんです。父が言っていた、そして私が何か別のことに対してそう思った、といった具合に、こちらはさほど意識せずに連続して何度か使ったらしい。すると聞いていた友人が曰く
「よく、不愉快きわまりなくなる家族だねえ」